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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)269号 判決

原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 その1の主張について

原告は、被告が昭和四四年四月頃より本件意匠と類似する意匠を有する製品(ガスバーナー火口)を製造、販売していたから、本件意匠はその登録出願前に公然知られた意匠に類似する意匠であると主張する。

しかしながら、原告が主張する右「販売」の事実を認めるに足る証拠はない。また、「製造」には、公然たる製造と然らざる製造とがありうるが、当該製造が公然と行われたものでない限り、その製造に係る製品の有する意匠がそれだけでは公然知られた意匠とはいえないところ、原告が主張する右「製造」が「公然たる製造」であつたとの事実を認めるに足る証拠もない。

もつとも、成立に争いのない甲第四号証中には被告の代表者・渡辺昌彦作成の「事実報告書」と題する書面があり、そこには、「弊社が昭和四十四年の初め頃から研究し、同年三月二十日頃試作品(別紙(〔編註〕省略)第一図記載のもの)として完成した……」「弊社としては、前記考案を元に改良し、昭和四十四年四月頃から実施し(別紙第二図記載のもの)、……」との記載があり、右記載の第一図及び第二図と成立に争いのない甲第二号証記載の本件意匠の形態とを対比すると、右第一図及び第二図記載の各物品は本件意匠と少なくとも類似する意匠を有するものと認められるけれども、

<1> 右第一図の物品についての甲第四号証の記載は、単に「試作品として完成した」とされているに過ぎないし、

<2> 右第二図の物品については、甲第四号証に「実施し」と記載されているところ、意匠権ないし実用新案権の分野において、「実施」というのは、通常、「製造、使用、譲渡、貸渡し、……」等のいずれをも含む広い意味に理解されている用語であつて、単にこの「実施し」との記載があるからといつて、そのことから直ちに「公然たる製造」ないし「販売」の事実があつたと認定することはできない。

(なお、右甲第四号証によれば、同号証中の「準備書面」と「事実報告書」とに記載されている各第一図及び第二図の物品は、それぞれに対応する同一の物品と認められるところ、証人赤石好右の証言によれば、甲第四号証添付の第一図、第二図の一連の試作品が商品化されたのは、出願手続が全部終つてからであるというのであつて、かえつて、昭和四四年四月当時には未だ公然と製造されたり、販売されてはいなかつたことが認められる。)

また、成立に争いのない甲第八号証は、東京地方裁判所昭和四八年(ヨ)第二五五六号事件についての昭和四九年八月三〇日の審尋調書であるが、そこには、債務者(本件被告)代理人の陳述として、「昭和四九年四月一九日付準備書面(甲第九号証)添付の物件目録記載の製品を製造、販売していたことは認める。」との記載があり、右記載の成立に争いのない甲第九号証添付の物件目録記載の図面と前掲甲第二号証記載の本件意匠の形態とを対比すると、右物件目録記載の製品が有していた意匠は、仮に、その主要な部分において本件意匠と類似しているといえるとしても、甲第八号証の前記「製造、販売していた」との記載は、その時期を特定していないから、同号証の右記載をもつて、直ちに、昭和四四年四月頃に製造、販売がされたとの事実を認定することはできない。

次に、原告は、本件意匠の秘密を守る義務のない戸田滋が昭和四四年四月頃有限会社新川中島製作所に自由に出入りして本件意匠又はこれに類似する意匠を有する製品を実見し、これを藤村善三郎に通報していることにより、本件意匠は公然知られた意匠又はそれに類似する意匠であると主張する。

よつて検討するに、成立に争いのない甲第一三号証、第一四号証及び前掲甲第四号証並に証人赤石好右の証言を総合すれば、次の事実が認められる。

被告は、石油ガスバーナー、石油ガスコンロの製造、販売等を目的とする株式会社であり、昭和四四年三、四月頃は二十名前後の従業員を擁する規模であつた。被告会社では、昭和四三年頃から、従来製造販売していたガスバーナー製品の改良を企画し、日頃会社の技術面にも関与していた代表者渡辺昌彦の創作した考案、意匠に基づく製品の研究を始めた。そして、昭和四四年二月初め頃から下請企業である有限会社新川中島製作所(東京都足立区伊興町所在・代表者丸山卓一郎)に試作品の製作を依頼するようになり、種々の試作、研究を重ねて、同年四月初旬には別紙第二図面に記載のような試作品約五〇個の製作を依頼する段階になつていた。当時、新川中島製作所は従業員二、三名の家内工業的な規模で、被告会社との間では、試作品の構造、意匠等はすべて外部に秘密とすることが約束されていた。

ところが、同年四月中旬、戸田滋が新川中島製作所を訪れて来て、作業中の代表者丸山卓一郎に、「今作つているのはどこのバーナーですか。一寸見せて欲しい……」と依頼した。戸田滋は、右丸山卓一郎とは同業者で、その上親戚関係に在り、日頃、仕事や日常のことで往き来している間柄であつた。この依頼を受けて、丸山卓一郎は、「マルゼン燃器製造株式会社との秘密だから……」と右の依頼を断つたけれども、そのとき偶々前記試作の依頼をうけて製作中の試作品が多数作業台上に置かれていたので、戸田滋はそれらの試作品を見てしまい、その頃(同年四月中旬頃)、その結果、すなわち、同人が見たガスバーナー混合管の形状、構造などをメモに書いて、当時ガスバーナー混合管の研究、製作、加工をしていて、原告会社の協力工場として被告会社の混合管に強い関心をもつていた藤村善三郎に通報した。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、戸田滋が有限会社新川中島製作所で見た試作品の有していた意匠は本件意匠と差異を認め難いけれども、その意匠は、秘密を守る義務を負う有限会社新川中島製作所の保管の下に置かれていたものであるところ、戸田滋は、同人が見た右意匠を有するガスバーナー混合管の形状、構造などが秘密にされるべきものであることを知らされており、かつ、もしその折これを見てしまつたことが明らかとなれば、当然に秘密にすることを求められ、また、その秘密を守ることを期待さるべき身分関係にある特定の人であつたというべきであるから、同人が右事実を知つたとしても、この限りでは、これをもつてにわかに、右混合管の意匠が公然知られたものとなつたということはできないであろう。しかし、戸田滋は、昭和四四年四月中旬頃、右混合管についての情報を求めていた第三者たる藤村善三郎に対し、右混合管の形状、構造などをメモに書いて通報してしまつたというのであるから、右混合管の意匠は、ここで、その頃意匠法第三条第一項第一号に該当するにいたつたものといわざるをえない。

ところが、右のとおり、意匠登録を受ける権利を有する者の意に反して同項第一号に該当するにいたつた意匠である本件意匠については、同年五月一四日に意匠登録出願がされたのであるから、本件意匠は、同項第一号に該当するにいたらなかつたとみなされ、したがつて、公然知られた意匠ということはできない。

原告の主張は理由がない。

2 その2の主張について

原告のその(一)及び(二)の主張は、いずれも、本件意匠の創作者が渡辺昌彦ではなくて八木勇及び赤石好右であることを前提とするものである。

しかしながら、成立に争いのない甲第六号証、同第七号証並に証人赤石好右の証言によれば、本件意匠の創作者は渡辺昌彦であつて、八木勇、赤石好右の両人は、渡辺昌彦が代表者となつていた被告の業務に従事する研究員であり、渡辺昌彦の創作した本件意匠とその考案についての研究、試作に当つていたに過ぎないことが認められる。

もつとも、成立に争いのない甲第三号証は、前記東京地方裁判所昭和四八年(ヨ)第二五五六号事件において債務者(本件被告)代理人の作成提出した書面であつて、そこには、「右八木らは、右試作品の実験結果を債務者の代表者に報告するとともに、右考案を会社の規定上債務者の代表者に譲渡した。」及び四の(二)の項の記載があつて、本件意匠についても、その創作者が八木勇、赤石好右の両人であるやに見える記載の存することが認められるが、これらの記載部分は、証人赤石好右の証言に照して措信できない。

他に、前記認定を覆すに足る証拠はない。

そうすれば、原告の(一)及び(二)の主張は、いずれもその前提となるべき事実を欠くものであるから、その余の点を検討するまでもなく理由がない。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

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